画家への道


私は無器用で小さい時から、みな他の友達や絵の好きな人達はすばらしくきれいに、そして上手に描くのに、私はまったく思うに任せず、下手=(イコール)駄目と思っておりました。 が、心のどこかで「いつか上手に描けたら良いのに」という夢もみていたような気がします。

父は芸術に関しては、「芸を身につけても食べていくようになるには大変すぎる」という考えでしたが、女性もこれからは自身で生きていけるように何か身につけるべきだと、私が歯科医か薬剤師になることを望んでいました。 そんな父の影響もあって、子供の頃は、勉強の妨げになるからと芸術関係はいっさい駄目でした。 しかし芸に理解のあった母が、こっそりと長唄やピアノは少しだけでしたが、習わせてくれました。

高校二年生の夏、一枚の絵を描くことが宿題に出されました。 そこで一人で留守番をしながら裏庭を描いていた時、ふと将来自分の時間がもてるようになったら、是非じっくりと絵を描いてみたいと思えるほど宿題の絵を描くことが楽しめました。

そこで大学受験には、いろいろ思考の末、将来デザイナーになりたいと思い、美術学校へ進みたいと担任の先生に相談しました。 先生から何かそのための準備はしているのかと問われ、せめてもの受験用の基礎をも勉強していなかった私は、即この道に進むことを断念してしまいました。 そこで私が通っていた学校の中で一番芸術に近く、また学校が力を入れていた学部の国文科を選び、そちらに進みました。

社会に出てから、一応就職もして社会的経験を経てから主人のダウリングと出会い結婚しました。 そして、さて、これから自分は何をしていきたいのかを考えた時、迷わず絵が浮かんできました。 そこで何の知識もないまま、水墨画の門を叩きました。

先生は習字以外の筆の扱いも知らないまったく素人の私に、サーっとお手本を描いて、スーっと他の生徒の方へ行ってしまわれました。 こんなことも手伝って、初めの一年はなにか悲しくて涙が出て仕方がありませんでしたが、何故か習うことを止めようとは思いませんでした。

時間か経つとそのうち要領も少しずつ解り始め、下手ながら筆を動かし、古典や秀作の模写をしたり、先生に伺いながら構図を立てて、作品を描き出しました。

今も思い出すのは、余り熱中して描いていて、ふと気がつくと手が震えて筆を持てなくなっていたり、部屋の中の私の側に吊ってあった大きな植木鉢が落ちたのにも全く気がつかずにいたということです。

そうこうしているうちに、水墨仲間の上手な友人が、余り親しくはしていなかったのですが、自分は油絵を習い始めたのだが是非一緒に習わないかと誘ってくれました。 ちょうどそんな時期でもあったのか、私も参加してみることにしました。

油絵の先生は細密描写の実力のある画家で、絵を描きたいなら、まずデッサンが必要であるからとデッサンを教えてくださいました。 そのうちに他の水墨、俳画的な先生にもご教授をいただくようになりました。

ある日、英会話のクラスで知り合った方が、「絵がお好きなら私が出品している日本画の展覧会が東京都美術館で開催しているので観にいらっしゃらない?」と誘ってくださいました。

展覧会に伺うと、「私の先生が見えているのでご紹介します」と紹介された先生は、自分の絵の教室を持っているということで、「よかったら見学にいらっしゃい」とお誘いを受けました。

この先生の教室では、日本画の本画(タブロー)を、古い生徒さんたちが始めるところだから、私も一緒にと言ってくださったので、早速仲間入りをさせていただきました。

そして翌年の1985年、「東京都美術館の展覧会に出品してみませんか」ということで、今日まで毎年3月中旬に、東京都美術館で開催される東方美術協会の「東方展」へ出品させていただくようになり、なんと18年が過ぎてしまいました。

1991年にはカリフォルニア州の芸術家の仲間入りもさせていただき、92年にはカリフォルニアのワイン・カントリーで日本画の講義もいたしました。 93年にはインディアナポリスで個展。 95年にはナパ、96年に東京の銀座でグループ展示会に出品いたしました。
ナパではその後5回ほど参加いたしました。

97年には「グランド・ティートン」の作品が中国の「中日現代美術画集通鑑」P471に掲載されました。 因みに、この画集には計3328人のアーティスト(中国の画家から2912人、日本の画家から416人)が収録されています。2000年からは銀座で三人展を開催し毎年出品しております。

2003年秋口には、暮しの手帖社の大橋鎭子さま(故花森安冶氏と共に「暮しの手帖社」の創始者で社長)のご好意により、私の二つの作品を持参して宮内庁へ案内していただき、女官さまともしばしお話をさせていただきました。 光栄なことと感謝しております。 お世話していただいた大橋さまから次のようなコメントをいただきました。


「道琳敦子さんの絵は独創的で色が美しく、その作品のなかでも特に花の絵が私は好きです。 皇后様がお花の絵がお好きなので、私は女官さまに「道琳さんの絵をごらんいただければ」とお話し申し上げたところ、宮内庁の決まりでは作品はお受け取りになれないということでした。 「しかし拝見させていただきます」ということでお持ち致しました。

皇后さまはお気に召して、お部屋にしばらく飾ってごらんになって下さいました。
私も道琳さんの絵は大胆で見る人を絵に引き込む力があって、洋画でもなく日本画でもない画法を私は素晴らしいと思います」



(ハワイ島コナ在住)